カテゴリ:言葉( 3 )

ことばの呪性(2)

*古橋信孝『古代和歌の発生 歌の呪性と様式』東京大学出版会 1988-1より部分引用

 このような近代の読みを克服していくには、ことばの呪性を掘り起こしていくほかないように思える。呪性といえば、万葉集の歌は呪術的なもの・迷信的なものを克服して、文化的・人間的なものとして成立していったというような考えがいまだに公然とまかり通っているが、それはもちろん近代を絶対化して、古典に克たれることのない俗論だ。
 古典を読むことの一つの価値は、われわれの時代=近代の文学を相対化することにあるのである。
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by hapipi_hapipi | 2007-02-14 22:05 | 言葉

ことばの呪性(1)

*古橋信孝『古代和歌の発生 歌の呪性と様式』東京大学出版会 1988-1より部分引用

 われわれが古代の文学から気づかされることのひとつにことばの呪性がある。古代の歌のことばは、神・信仰の抽象度が比較的低いため、ことばの呪性がわかりやすくみえている。

 歌を読むのに、いくら民俗学や文化人類学などを応用してみても、結局は辞典的な意味の当て嵌め的な解釈になってしまっている場合がほとんどだ。それはほとんど"意味"のレベルで一面的にことばを解してしまうきわめて近代的な見方に由来している。近代は時間と空間の個別性を抽象し、なんでも普遍の相において把握しようとする世界だから、誰にでも通用する部分、つまり"意味"がことばにおいても前面に取り出されてくる。古代の歌もそういう近代的な部分で読みがなされてしまっている。しかしことばは、簡単な分け方をすれば、"意味"と"音"からなっているから、意味の部分だけ取り出してみても、それでは一面でしかないことになる。しかもその意味自体も、近代の側から解しうる部分以外は捨象されてしまっている。
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by hapipi_hapipi | 2007-02-13 08:23 | 言葉

意識の多様さ

『読む者を意識する恥じらいも必要だ。告白するのが文学ではない。
文学は言葉の芸術だから、本質的に美を求めている。』

短歌往来4月号
古橋信孝「歌逍遥~意識の多様さ」より

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私に古典の面白さを教えてくれた先生です。
とても魅力的な人です。

万葉集を素直に楽しめるようになったのは、先生のおかげです。
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by hapipi_hapipi | 2005-05-05 14:26 | 言葉