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万葉集 巻十 1939

霍公鳥汝が初声はわれにもが五月の珠に交へて貫かむ

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(霍公鳥よ、今年のおまえの第一声は、私におくれ。五月の薬玉に交ぜて通そう)

霍公鳥=ほととぎす

夏を運んでくるのは霍公鳥の役割だった。
霍公鳥の鳴き声に力があったことが分かる歌である。

声の力。音の力。
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by hapipi_hapipi | 2005-04-26 23:50 | 音景色=本文=

万葉集 巻十二 2922

夕さらば君に逢はむと思へこそ日の暮るらくも嬉しかりけれ

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(夕方になればあなたに逢えると思うからこそ、日が暮れるのが嬉しいことだ)

1秒1秒、貴重な時間。大切な時間。

早く会いたいと思うと、時間の価値を忘れてしまう。
目先の幸せを求めてるだけだって分かるのだけど、
それでも、やっぱり、早く会いたくて。
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by hapipi_hapipi | 2005-04-14 23:15 | 恋=本文=

万葉集 巻十一 2506

言霊の八十の衢に夕占問ひ占正に告る妹はあひ寄らむ

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(言霊の満ち満ちた道の集まる辻で夕占(ゆうけ)をしてみると、占いは告げた。
愛しい人は、私になびくだろうと。)

恋占いの歌である。
「夕占」というのは、夕方、道に出て、範囲を決め、通りかかる人がそこに入ったら、
その人に話し掛けて、その答えのことばによってうらなう占いのこと。

「言霊」はことばの力。霊力。
呪文や、祈りの文言。これらは、ことばの力の良い例だろう。

日々の生活の中で、
誰かのちょっとした一言に、落ち込んだり、元気をもらったりする。

嬉しい一言、ショックだった一言とか、
ずっと覚えてる。

ショックだった一言が、笑って話せるようになると、
うじうじしてた気分がなくなる。

嬉しかった一言は、何年経っても、
思い出す度に、力をもらったりする。
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by hapipi_hapipi | 2005-04-12 22:46 | 恋=本文=

万葉集 巻十一 2458

朝霜の消なば消ぬべく思ひつついかにこの夜を明してむかも

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(朝露が消えるなら消えてもしまいそうに恋人を思い続けて一体どうこの夜を明かしましょう)

感覚で歌を解釈…。

恋人に会えない夜。
この歌は、恋人への思いを夜明けの露に喩えているのか。
それとも、恋人に会えない自分自身の脆さを、露に喩えているのか。
最初にそんなことを感じた。

短歌は、5・7調で読むのが基本。
「朝霜の消なば消ぬべく」がひとまとまりになる。

文法的には間違っていると言われてしまいそうだが、
朝露がいつかは消えるように、
恋人に会えなくて、ただただ恋人を思っているこの夜も、いつかは明ける。
一人で過ごす今夜は、どう過ごしましょう。
と解釈したいところだ。
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by hapipi_hapipi | 2005-04-05 22:11 | 恋=本文=

万葉集 巻二十 4445

鶯の声は過ぎぬと思へども染みにし情なほ恋ひにけり

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(鶯の声を聴くことはなくなったのだが、
鶯の声が体に染み渡っていて、鶯を恋しく思うことよ)

この歌では、体に音が染み渡っていると詠われている。
音は聴いて終わりなのではなく、
体に染みて残るものだといえるだろう。
そのために、音を聴いていない状況でも、心の中で想像して歌を詠むことができるのだ。

「鶯」の音と「春」というように、音と対象を関連付けて記憶しているため、
音(鶯の鳴き声)を聴くことを望むことがそのまま、
関連付けている対象を望むことに繋がっている。

音への意味付けがされている。(合図としての音)

***

目に見えるもの(天気、人の姿etc...)を待ち望んでいることはあるが、
『音』を待ち望んでいることは、日常、ほとんどない。
しかも、
合図としての音ではなく、音楽としての音を待ち望むことがほとんどだ。

あの音が聴こえてきて欲しい。
あの音が聴きたい。

そう思う音。どんな音だろう。
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by hapipi_hapipi | 2005-04-02 22:06 | 音景色=本文=