<   2006年 08月 ( 14 )   > この月の画像一覧

万葉集 巻十六 3834

梨棗黍に粟嗣ぎ延ふ田葛の後も逢はむと葵花咲く

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(梨、棗、黍に次いで、粟が実り、
 一旦分かれた葛がまた逢おうというように葵の花が咲く)

おやつに、Afternoon Teaのサツマイモのクッキーを食べていたら、
この歌を思い出した。

サツマイモ⇒芋・栗・かぼちゃの美味しい時期がやってきた!
⇒そういえば、栗の歌があったなぁ…という発想。

この歌には、6種類もの植物が詠み込まれている。
梨(なし)
棗(なつめ)
黍(きび…古代では"きみ")
粟(あわ)
葛(くず)
葵(あおい…"あふひ"で、「逢う日」をかけている。)

万葉集中に梨の歌があるとは、意外だった。
漢詩の影響なのだろう。

葛のつるを、
一度分かれた二人が再び逢うことの喩えに使っているのだが、
動植物に関する一般常識が著しく欠落しているため、
どうも像が浮かばない。

葛と聞くと、鍵善の葛きりが最初に浮かんでしまう。
食い意地の張った子だ。

一度離れて、再び近づくかのように縦横無尽に伸びるつるの様子…。
写真を見ても、どうもぴんとこない。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-31 18:09 | 植物=本文=

万葉集 巻十一 2420

月見れば国は同じそ山隔り愛し妹は隔りたるかも

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(月を見ると、お互いが居る国は同じだというのに、
 山が隔てる愛しい妻は、逢い難く隔たっているよ。)

「明日帰るからね!」と言いたい気分。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-30 19:08 | 恋=本文=

万葉集 巻十一 2770

道の辺のいつ柴原のいつもいつも人の許さむ言をし待たむ

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(道の辺の神聖な柴の原のように、
 いつもいつも、いつまでも、あの人の承諾の言葉を待とう)

吹奏楽のコンサートに行ってきた。
演奏を聞いたら、いろんなことを思い出すのだろうなぁ…と
予想していた通り、中学時代の3年分をフラッシュバック。

JAZZのビックバンドがある高校に進学しなければ、
そのままきっと、吹奏楽を続けていたはずだ。

フラッシュバックに、
高校時代の3年分+大学時代の4年分も加わり、
なんだか、記憶の整理をしにいったような気分になった。

普段は忘れていることを、いろいろ思い出した。

ちょっとした選択ひとつで、
その先に待ち受けているものを変えられる。

分かっていても、
つい、目先の幸せや、安定を気にしてしまいがちだ。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-28 08:32 | 植物=本文=

万葉集 巻十一 2421

来る道は石踏む山の無くもがもわが待つ君が馬躓くに

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(あなたが来る道は岩場をぬう険しい道のある山が無くて欲しい。
 私の待つあなたの乗った馬がつまずいてしまうから。)

恋人の訪れを待つ側の歌。
「行き(=訪れるとき)」の道中で、
つまずかないようにと心配されている。

つまずくことを心配するのは、なんでなのだろう。
怪我をしないように?
足場の悪い道だと、恋人が諦めて帰ってしまうから?

なんでなのだろうと迷うことすらなく、
恋人や恋人の馬が怪我することを心配しているためだと思っていたが…。
どうも違いそうだ。

万葉集中の他の歌を見てみると、
恋人や家族が思っていることによって、
つまずくと詠われている歌もある。

特に、「帰り」につまずくのは、
ためらいの意味が含まれていたり、
共寝をして別れてきたばかりの恋人が思っているからだと
考えられていることが、
万葉集中の他の歌から分かる。

つまずくという語は、"妻(ツマ)が付く(ツク)"なのだろう。
通常、見かけるのは、"爪突く"だとする説明。

相手が自分を思っていることによって、
自分の身に変化が起きるのは、夢と同じだ。

よく言われる話だが、古代では、
恋人(もしくは異性)が自分のことを思っているために、
夢に恋人が出てくると考えられていた。

恋人が思っているからつまずくのであれば、
「行き」につまずいても良さそうなものだ。
なんで、つまずかないようにと、歌を詠んだのだろうか。

これは、
自分以外の他の恋人の思いによってつまずき、
そちらの恋人のほうに行ってしまうことを避けるために、
身を案じているからだと説明することができるかもしれない。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-26 06:39 | 動物=本文=

万葉集 巻十一 2575

めづらしき君を見むとそ左手の弓執る方の眉根掻きつれ

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(なかなか逢えないあなたに逢いたいと、左手の弓を執る方の手で眉をかいた)

3日連続、タルトを食べている!

日曜日には、洋ナシのタルト。
「ルピシア」のティールームで。
⇒今、一番お気に入りのタルト。

月曜日にも、洋ナシのタルト。
「FLO」のを自宅で。
⇒甘過ぎるけど、近所で買えるのが良い。

火曜日には、桃のタルト。
「ラ・リオン」のカフェで。
⇒全席禁煙ならもっと行くのにな。

日曜→月曜→火曜…ときたら、次は水曜かな。
洋ナシ→洋ナシ→桃…ときたら、次は桃かな。
外→自宅→外…ときたら、次は自宅でかな。

今日は、自宅で桃のタルト?!

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古代では、眉がかゆくなるのは、
恋人に会える前兆と考えられていた。

万葉集中には、「右手」を詠んだ歌は1例もないが、
「左手」を詠んだ歌が、2例ある。

「左手」については、
『左手は大事な手』と解釈している注釈書もある。

左大臣と右大臣では、左大臣のほうが位が上だったり、
「左うちわ」という語があることとも関係しているのだろうか。

万葉集以降、
「左手」「右手」を詠んだ歌にはどんな歌があるのかなぁと思った。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-23 08:11 | 恋=本文=

万葉集 巻十五 3589

夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてそ吾が来る妹が目を欲り

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(夕方になるとひぐらしが来て鳴く生駒山を越えてこそ私はやって来る。
 妻に会いたくて。)

夕日の光と虫の音。視覚と聴覚の饗宴。

昨日の夕方は、
ハプニングが相次ぎ、大変な時間だった。

といだお米を炊飯器に移し入れようとしたら、
床に散蒔いてしまい…。
それだけでもダメージが大きかったのに、
こぼしたお米を片付けていたら、トースターを落とし…。
落としたトースターを受け止めようとしたら、
受け止められなかった上に、バーミックスを足に落とし…。
スリッパをはいていたお陰で、
大事には至らなかったのが救い。

なんとか掃除を終え、
心機一転、夕飯の準備に取り掛かっていたら、
指を切ってしまい…。
料理中に、出血を伴うケガをするのは、初めてのこと。

「朝の夢見が悪かったからな」、と、夢のせいにしておく。

夜には、洋ナシのタルトが届き、ダメージ回復!
と思いきや、
夜中、3時頃に、幻覚(?)を見てしまう。
寝ぼけていただけだろうけど、ヒヤリとした。

今日は一日、良い日になりますように★
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by hapipi_hapipi | 2006-08-22 07:24 | 音景色=本文=

万葉集 巻十 2177

春は萌え夏は緑に紅の綵色に見ゆる秋の山かも

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(春は草木が萌え出し、夏は緑になり、そして紅葉がまだらに見えるのは秋の山よ)

少しずつ秋めいてきているのを感じる。
雲の形や高さ。夕方の風。

今朝は、高校時代の部活の夢を見ているときに目が覚めた。
寝る前に思い出していたからかな。

演奏しようとしたら、ことごとく楽器が足りない…。
危機的状況を打破するのではなく、
そのまま失敗するという、ちょっと悲しい夢だった。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-21 08:34 | 季節=本文=

万葉集 巻十 1984

この頃の恋の繁けく夏草の刈り掃へども生ひしく如し

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(この頃の恋心が盛んなことは、刈っても刈っても生えてくる夏草のようだ)

初めてこの家に来た4月の頃と比べて、
ベランダの下に広がる庭が鬱蒼としている。

庭と言っても、
同じ敷地内にある、大家さんの家の庭。

木々がこんもりとしていく過程を見ることができただけでなく、
あれよあれよと生えていく夏草を見ることができた。

草むしりは相当大変らしく、
「このまま雑木林にしちゃおうかしら…」
と話している大家さんの声が聞こえることもあったが、
今は、きれいに処理されている。

この家は、
季節の変化を感じることができるのが良い。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-19 22:57 | 季節=本文=

万葉集 巻八 1521

風雲は二つの岸に通へどもわが遠妻の言そ通はぬ

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(風や雲は両岸を通うけれども、私の遠く離れた妻の言葉は通わない)

公開を楽しみにしている映画がある。
8/19土から上野一角座で公開の「もんしぇん」。

「もんしぇん」公式サイト
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「あれ、見たいなぁ」くらいなら、よく思うけれど、
前売り券まで買うことはなかなかない。

出会うべくして出会った。とまで言うと言い過ぎだけど…。

この映画を見つけたとき、
東博敷地内にいつの間にか映画館が出来ていることにも驚いた。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-14 07:48 | 空=本文=

万葉集 巻七 1129

琴取れば嘆き先立つけだしくも琴の下びに嬬や隠れる

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(琴を手にとると、まず嘆かれることだ。きっと琴の胴の中に、妻が隠れているのだろう)

万葉集の中では、
琴を「取る」という詠い方がされる。
琴の"音"と詠んだり琴を"弾く"という詠い方がされていない。

手に取ること、
こちらの側に引き寄せることが重要視されていたことが分かる。

ほかに、「取る」と詠うものの代表的なものとしては、弓が挙げられる。

***

この時期、全日本吹奏楽コンクールが各地で行われている。
楽器を手にした中学生・高校生の集団を見かけることが多くなった。

中学校のときは、吹奏楽部でトロンボーンをやっていた。
吹奏楽コンクール前になると、
楽器をどう構えるか・演奏中の角度など、
見た目部分の指導にも、かなりの時間が割かれていた。

音楽をやっている人の中には、
音が全てで見た目を気にしないと言う人もいるが、
音と同じくらい、見た目も大事だと、私は思う。

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by hapipi_hapipi | 2006-08-11 07:54 | 音景色=本文=