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万葉集 巻三 409

一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻きがたき

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(一日のうちに1,000回も、千重の波が重なるように思っているのに、
 どうしてその玉を手に巻くのは難しいのだろう。)

大好きなブログの一つ、
「パンダから君へ」

パンダさんの写真には、いつも癒されている。
特に、空の写真が大好きだ。

仕事をしているときには、お昼休みによく見ていたなぁ。
一日の仕事を終え、
家に帰ってから見るパンダさんの写真からは、
ぬくぬくほんわかしたエネルギーをもらっていた。

そのパンダさん愛犬、あづちゃんが主役の「写真家の犬」で展開中のキャンペーン(?)
"毎日壁紙プレゼント"に、見事、当選!嬉しい!!

「写真家の犬」は、写真集『トイプードルあづきのパリ日記』にもなっている。
もちろん、我が家にもあり、今は、ベッドサイドに置いてある。

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by hapipi_hapipi | 2007-02-25 11:34 | 恋=本文=

万葉集 巻十 1824

冬ごもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鶯鳴くも

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(冬が過ぎて春がやって来ると、山にも野にも鶯が鳴き渡ることよ)

「こもる」は、すっかり蔽(おお)われること。
冬が包まれて消えてしまう。

「あしひきの」は、意味を汲んで漢字を当てると、「蘆檜木」。
(原文表記は足比木乃)
山につながる枕詞。

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昨日入ったカフェで、
ウィルキンソンのビンが並んでいるのを見て、
連鎖反応的に、口中に生姜が広がった。

炭酸飲料好きの兄と母は、
最近、ウィルキンソンのビン入りジンジャエールがお気に入りらしく、
大量に買い占めている。

実家に遊びに行ったときに飲んでみると、
「生姜!!」のインパクトが強烈。
一時期服用していた漢方薬のようだった。

今年に入ってから口にしたもので、
一番、印象に残っている味かもしれない…。
好き嫌いは別として。

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by hapipi_hapipi | 2007-02-23 09:07 | 季節=本文=

万葉集 巻十六 3840

世間の繁き仮廬に住み住みて至らむ国のたづき知らずも

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(世間という煩わしい仮の宿りのこの世に住んできて、
 これから行きつくであろう国(あの世)の状況も分からない。)

美大に通う友達の卒業制作展を見に行ってきた。

彼女の絵との最初の出会いは、高校1年の入学式直後。
一人一人、B5一枚の紙に自己紹介を書く…という作業のとき、
隣の席に座っていた彼女が描いている絵に一目惚れした。

初めて彼女の絵を見た日から、もうすぐ10年になる!
私は、彼女の絵が大好きだ。

卒業制作の感想、
早く伝えたいなぁと思っているのだけど、
まだ、言葉に還元できていない。

展示している絵に言葉を足した画集も見せてもらった。
その中に、こんな言葉があった。


   "やりたかったこと
    言えなかったこと

    いつもどこかに
    心を残してきた"

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by hapipi_hapipi | 2007-02-20 16:21 | 音景色=本文=

ことばの呪性(2)

*古橋信孝『古代和歌の発生 歌の呪性と様式』東京大学出版会 1988-1より部分引用

 このような近代の読みを克服していくには、ことばの呪性を掘り起こしていくほかないように思える。呪性といえば、万葉集の歌は呪術的なもの・迷信的なものを克服して、文化的・人間的なものとして成立していったというような考えがいまだに公然とまかり通っているが、それはもちろん近代を絶対化して、古典に克たれることのない俗論だ。
 古典を読むことの一つの価値は、われわれの時代=近代の文学を相対化することにあるのである。
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by hapipi_hapipi | 2007-02-14 22:05 | 言葉

ことばの呪性(1)

*古橋信孝『古代和歌の発生 歌の呪性と様式』東京大学出版会 1988-1より部分引用

 われわれが古代の文学から気づかされることのひとつにことばの呪性がある。古代の歌のことばは、神・信仰の抽象度が比較的低いため、ことばの呪性がわかりやすくみえている。

 歌を読むのに、いくら民俗学や文化人類学などを応用してみても、結局は辞典的な意味の当て嵌め的な解釈になってしまっている場合がほとんどだ。それはほとんど"意味"のレベルで一面的にことばを解してしまうきわめて近代的な見方に由来している。近代は時間と空間の個別性を抽象し、なんでも普遍の相において把握しようとする世界だから、誰にでも通用する部分、つまり"意味"がことばにおいても前面に取り出されてくる。古代の歌もそういう近代的な部分で読みがなされてしまっている。しかしことばは、簡単な分け方をすれば、"意味"と"音"からなっているから、意味の部分だけ取り出してみても、それでは一面でしかないことになる。しかもその意味自体も、近代の側から解しうる部分以外は捨象されてしまっている。
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by hapipi_hapipi | 2007-02-13 08:23 | 言葉

万葉集 巻十六 3849

生死の二つの海を厭はしみ潮干の山をしのひつるかも

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(生と死の二つの海が厭わしいので、海のない山が慕わしい。)

世の中の無常を詠った歌。
人間の境遇を、「生という海」と「死という海」にたとえている。

この歌に続く3850番歌には、
  右の歌二首は、河原寺の仏堂の裏に、倭琴の面にあり。
と左注が付けられていて、ここに引いた3849番歌と、
次の歌である3850番歌の二首が、
河原寺の仏堂の中にある倭琴の面に記されていたことが分かる。

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昨日の7時に着手し、今日の13時まで、
30時間連続して取り組んだレポートを無事に提出できたため、
ほっと一息。

徹夜は滅多にしないのだが、
いざというときには、出来るものなんだなぁと、
妙に感心してしまう。

私は、徹夜明けに寝るのは好きではないため、
次に訪れる夜まで、そのまま普通に生活をする。

きっと、今晩は、気持ち良く眠れるだろうな…。

"30"と言えば、
先週、髪の毛を30cm程切った。
こんなに一度に切るのは、初めてのことだ。

髪を切った翌日は、
突然、思い立って、BLUE NOTEに行った。

歳のせいなのか、
バスター・ウィリアムスもジミー・コブも、
色んな意味でびっくりな演奏だったが、
楽しい時間が過ごせたのは確か。

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by hapipi_hapipi | 2007-02-09 19:09 | 音景色=本文=